定説からの脱出
はい。三浦義村の続編です。
三浦義村、一世一代の賭け。
そして、窮地からの大脱出。
それは「源実朝暗殺」だったと言っていいかもしれません。
以前にも書きましたが、かつては「源実朝暗殺の黒幕は北条義時」と考えられていました。
でも、現在では「黒幕は三浦義村」というのが定説になっています。
なぜか。
当時の東国武士団において、「乳母」の存在というのは絶大なものがありました。
単に乳を与えるだけではなく、乳母子の養育一切を引き受け、必要があれば文字通り一族郎党を引き連れて乳母子を守る…そんな関係が成り立っていました。
例えば、源頼家の乳母は比企能員の妻でした。ゆえに、頼朝の死後頼家が将軍に就任すると比企能員の勢力が増大することになったのでした*1。実母である北条政子がいるにもかかわらず、です。そして、結果「北条vs比企」の対立図式が構築されていき、比企氏は全滅、頼家は引退…の憂き目を見ることになったのでした。
では、実朝の乳母は誰だったのでしょうか？
北条政子の妹である「阿波局」でした。
これまた、実朝と北条氏との間には、生母である政子と乳母である阿波局と二重のつながりがある状態にあったというわけでした。
北条氏、初代執権に就任した時政、その跡を継いだ義時にしてみれば、乳母子である実朝という「旗印」を将軍に担いでいるからこそ「執権」として他の御家人たちに睨みを効かせることが可能だったわけです。
その「旗印」を、自らの手で葬り去ることをするとは到底思えません。
当時、執権としての北条氏の地位は、現代の我々が見るほど磐石ではなかったと思います。
それがある程度確固たるものになったのは、承久の乱で義時が朝廷を撃破してから、さらに言えば摂家将軍を迎えることによって鎌倉幕府において将軍の地位がある程度形骸化してからだと言ってもいいかもしれません。私見ですが。
義村の話に戻ります。
実朝暗殺の直接の実行犯である、頼家の遺児であり、実朝には甥に当たる、鶴岡八幡宮の別当公暁。
彼にも乳母は当然存在していました。
誰あろう、三浦義村の妻です。
つまり、そう考えると、この暗殺事件は、単に「公暁が親の敵であると思い込んで実朝を討った」という単純なものではないということが想像に難くないことはお分かりいただけるかと思います。
義村は、乳母子である公暁に実朝を暗殺させ、将軍の位に就かせしむることによって、「北条義時の地位に取って代わる」ことを狙っていたのです。
そこらへん、猪突猛進に攻めていって玉砕した和田義盛と違うところです。
この説には、決定的な裏づけがあります。
実朝が殺害されたのは、鶴岡八幡宮で右大臣就任の拝賀の式を終えた直後のことでしたが。
このとき、公暁は実朝の他にもう１人の人間も手にかけています。
太刀持ち役として従っていた源仲章という人物です。
ところが
この太刀持ち役を本来仰せつかっていたのは…。
北条義時その人だったのです。
つまり、「公暁は実朝とともに初めから義時も殺害するつもりだった」のです。
義時は、「気分が悪くなった」と言って仲章と太刀持ち役を代わったがゆえに*2、一命を取り留めた、というわけなのです。
単なる「親の敵討ち」なら、あえてリスクを冒してまで義時（とカン違いしていた仲章）を殺害する必要なんてなかったはずです。
公暁にとって、義時は「実朝と同時に葬り去らなくてはならない存在」だったというわけです。
そして。
義時が殺されて１番得をするのは…。
もうお分かりですね。
