鬼の副長

前回の続きです。
そろそろ季節的に例のナニをネタとして採り上げなくてはならなくなるので、今回で完結の方向で。


藤堂平助は、本当は助けるつもりだったのに、手違いで殺された」のか否か。
これについては、頼みになる文献としては、例の永倉新八の『新撰組顛末記』の中にある「それとみて藤堂をやりすごした」云々という記述ぐらいです。
あるいは、近藤の「藤堂は伊東と同盟はしているがまだ若い有為の材であるから…」云々の発言にあるように、「藤堂平助は助けるように」という申し合わせがなされたのは事実かもしれません。


しかし。
見逃してはならないことがもう1つあります。


七条油小路で犠牲になった藤堂平助
それと、服部武雄と毛内有之助の御陵衛士両名。
さらに伊東甲子太郎
彼らの4人の遺体は。
土方歳三の指示のもとに、そのまま七条油小路の辻に放置されたといいます。
翌日、改めて遺体を引き取りに来る御陵衛士を一気に殲滅しようとする土方の作戦であったといいます*1


土方歳三という人は、そういう人です。
情に流されることはなく、新撰組を守るためなら、かつて同じ釜の飯を食った仲間であっても冷徹に切り捨てていく。
もちろん、彼の心中の本当の気持ちは想像することはできません。
あるいは、本心では近藤発言と同じように「できることなら、藤堂だけは…」という思いがあったのかもしれません。
しかし、あえてそれをしない。
非情に徹して、隊を守っていく。
たがらこそ、彼は「鬼の副長」と呼ばれたのです。


当夜、土方の唯一絶対の目的は、あくまで「御陵衛士を殲滅すること」でした。
そこに、情などひとかけらも差し挟まれる余地などなかったはずです。
だからこそ。
伊東の亡骸そばにいた藤堂は我先に新撰組隊士に斬りつけられ、最初の犠牲者となったのです。


もし本当に「藤堂だけは助けるつもりだったのに、手違いで殺してしまった」のならば。
おとりの遺体は、伊東甲子太郎1人だけで充分だったはずです。
少なくとも、藤堂の遺体だけは懇ろに葬ることだってできたはずです。
しかし、あえてそれをしなかった土方。
いや、彼の立場では「できなかった」のかもしれません。
かつて、試衛館で同じときを過ごし、隊の幹部として八番組長を務めていた藤堂。
その彼でさえ「裏切れば、このようになる」ということをアピールする必要があったのでしょう。
幕府が崩壊したときだったからなおのこと。


そのあたりの土方の懊悩が鋭く描かれている小説があります。
秋山香乃さんの『新選組藤堂平助』『歳三往きてまた』の2作です。
新選組藤堂平助 歳三往きてまた
2人の出会いから油小路までを描いているのが前者、それを受けて箱館での最後の戦いまでを描いているのが後者です(書かれたのは後者が先のようですが)。
油小路の後、もし自分が新撰組に殺されることがあったら土方に届けてほしいと斎藤一に託された橘の実が、土方の元に届けられます。出会ったばかりの2人を結びつけた、思い出の果実でした。
「だから馬鹿だというんだ、おめェはよォ」
作中にあるその言葉を、もしかしたら現実の土方も口にしていたのかもしれない、そんなことを想像させてくれる佳作です。テンポよくサクサク読める作品なので、ぜひご一読のほどを。


『新選組!』で中村勘太郎さんが演じた気弱なキャラの藤堂平助も実は密かに好きだった。人気blogランキング

*1:結局誰も姿を現さず、遺体はしばらく野ざらしのままとなっていたといいます。