投げる?

銭形平次でもおなじみ(?)の「寛永通宝」。
あれが「昭和28年まで流通可能だった」とご存知ですか?


寛永通宝には、銅製のほか、鉄、精鉄、真鍮製などさまざまな材質のものがあったそうなのですが。
銅製と真鍮製のものは、明治維新以降も貨幣としての効力が認められ、「4文銭=2厘、1文銭=1厘」として法的に使用が認められていました。
「厘」という単位ですから、貨幣価値としては微々たるものであったかもしれませんが。
そして、明治、大正、昭和と時代を超えて、貨幣としての生命を永らえたのです。
江戸時代以前に鋳造されていた貨幣で、昭和に入ってまで流通が認められていたのは寛永通宝だけでした。


そんな寛永通宝にも。
歴史に幕を下ろす時がやってきます。
以下、日本銀行のホームページより転載(http://www.boj.or.jp/oshiete/money/05700003.htm)。

昭和28年(1953年)7月制定の「小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律」(いわゆる小額通貨整理法)により、1円未満の通貨の発行が停止され、それまでに発行されていた1円未満の通貨の通用も同年12月31日限りで停止となりました。これは、当時の物価情勢から、1円未満の通貨が取引上ほとんど利用されていないという実情に即応したものです。

1厘(or2厘)相当で流通が認められていた寛永通宝も、例外ではありませんでした。
公式には寛永13年(1636年)に製造が開始された*1寛永通宝
足掛け318年の、長い長い旅路の終わりでした。


★★実家に小さい頃デパートの古銭フェアで買った寛永通宝が1枚あるはず。人気blogランキング★★

*1:Wikipediaに「寛永3年 (1626年)に常陸水戸の富商・佐藤新助が、江戸幕府水戸藩の許可を得て鋳造したのが始まりだが、この時はまだ、正式な官銭ではなかった」という記述があります。