魂は東の君やまもらむ

本日5月11日は、自分的にはこのテーマしかありえません。
明治2年(1869年)5月11日*1
新撰組副長・土方歳三が、箱館で戦死しています。
一本木関門を守備し、馬上で指揮を執りながら新政府軍と戦っているさなか、銃弾に腹部を撃ち抜かれて落馬したのが、その最期でした。


個人的に思い入れが強すぎて、あまりにいろいろ語りたいことがある人ではありますが。
毎年小出しにしていくとして(笑)。
今年はさらっといくつかのエピソードのみを。


京都にいる頃は「鬼の副長」として怖れられていた歳三も。
箱館に来た頃から、かなり温和になってきて。
隊士たちに慕われるようになったといいます。


中島登という隊士が歳三について残した有名な言葉があります。

生質英才にして飽迄(あくまで)剛直なりしが、年の長ずるに従ひ温和にして、人の帰する事赤子の母を慕ふが如し。*2


自分の好きなエピソードの1つに。
二股口の戦いで、新政府軍の攻撃を撃退し続けて「常勝将軍」と言われていた頃に。
兵士たちに「実によく戦ってくれている」と自ら酒を振舞いつつも「酔って軍律を乱してもらっては困るので皆一杯だけにしてくれ」と語ったという。
正月にオンエアされた『新選組!! 土方歳三 最期の一日』ても描かれていた逸話があります。


歳三のことを、皆「鬼の副長」と呼び。
そのイメージでもってしか語られることがありません。
事実、歳三も、そのようなイメージで見られることを欲したフシがなきにしも…です。


しかし。
本当の歳三の姿というのは。
二股口で兵士たちに酒を振舞ったときの姿なのではないでしょうか。


自分のように思う人が少なくないからこそ。
「鬼」と呼ばれた彼が、今日まで多くの人々を魅了してやまないのでしょう。


Wikipediaによると。

函館(箱館)に入ったころから、目だって温和な側面も見せるようになり、若い隊士を度々飲食に連れ歩いたり、相談事に乗ったりするようになったともいわれている。

だそうです(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%96%B9%E6%AD%B3%E4%B8%89)。
見てみたい! 「土方歳三的人生相談室」!


★★というわけで、来年の5月11日に続きます(笑)。人気blogランキング★★

*1:毎度毎度おなじみの「太陽暦に換算すると」を付記するならば「西暦1869年6月20日」になります。

*2:原文はカタカナです。