天才剣士の最期

今日は、沖田総司が亡くなった日でもあります。以前にも書いたとおり、太陽暦に換算すると7月19日のこと(http://d.hatena.ne.jp/CasparBartholin/20060222#p1)。暑い盛りのことだったと思います。


沖田総司の最期といえば。
子母澤寛の『新選組物語』のなかにあるこのエピソードがあまりにも有名です。

総司は死ぬ三日程前、俄かにひどく元気になって、お昼頃、突然庭へ出てみたいという。姉のお光が、新徴組にいる婿の沖田林太郎と一緒に、御支配の庄内へ行った留守で、介抱の老婆がいたが、心配して頻りにとめるけれども、きかなかった。
いいお天気の日で、蝉の声が降るようだ。丈の高い肩幅の広い総司が、白地の単衣を着て、ふらふらと庭へ出る。すぐ前の植溜の、梅の大きな木の根方に、黒い猫が一匹横向きにしゃがんでいるのを見た。
「ばァさん、見たことのない猫だ、嫌やな面をしている、この家のかな」
と訊く、然(そ)うじゃァなさそうだと答えると、
「刀を持ってきて下さい、俺ァあの猫を斬ってみる」
という。仕方がないから納屋へ敷きつめの床の枕元に置いてある黒鞘の刀を持って来てやると、柄へ手をかけて、じりじり詰寄って行く。もう二尺という時に、今まで知らぬ顔をしていたその猫が、軽ろくこっちをひょいと見返った。老婆が見ると、総司の唇は紫色になって、頬から眼のあたりが真紅に充血して、はァはァ息をはずませている。
総司は、
「ばァさん、斬れない――ばァさん斬れないよ」
といった。それっきり、如何にもがっかりしたようにひょろひょろと納屋へ戻って終(しま)った。
次の日も、またいいお天気。同じ昼頃になって、
「あの黒い猫は来てるか、ばァさん」
ときいた。婆さんが出て行ってみると、不思議なことに、昨日と同じ梅のところに、その黒い猫がまた横向きにしゃがんでいる。しかし、それをいったら、総司がまた出る、出てはからだに良くないと思ったので、
「猫はいませんよ」
と答えた。総司は一度、
「そうか」
といったが、暫くするとまた、
「ばァさん、どうも俺ァあの猫がいそうな気がする、もう一度見てくれ」
という。婆さんが出て見るとどうも不思議だ。やはり猫はじっとしてそこにいる。今度は、婆さんもどういううものか居ませんよとは言えなかったので、
「来ています」
といった。
「そうか――やはり、そうだろう。ばァさん俺ァあの猫を斬ってみる。水を一杯呉(く)れ」
納屋の出口へ突立って、婆さんの持ってきた水を、ごくごく喉を鳴らして飲んだが、顔を斜めにして眼だけは、じっと、その黒い猫を睨んでいる。すでに血走って、頬のあたりが、時々びくびくと小さく痙攣していた。
背中を円くして、腰を落として、また小刻みに猫に近寄ったが、やはり二尺位のところで、猫は、昨日と同じに軽ろくこっちを向いた。その猫の目を、総司はいつまでもいつまでも睨んでいる。
そして、ものの二十分も経つと、
「ああ、ばァさん、俺ァ斬れない、俺ァ斬れない」
と、悲痛な叫びをあげると、前倒(のめ)るように納屋へ転げ込んで、そこへぐったりと倒れてしまった。
婆さんの知らせで、平五郎も吃驚(びっくり)して駆けつけ、すぐに医者を呼んで手当をしたが、総司はそれっ切り、うつらうつらと夢を見ているようであった。翌る日の昼頃眼を閉じたまま、
「ばァさん、あの黒い猫は来てるだろうなぁ」
といった。これが総司最後の言葉であった。
息を引き取ったのは夕方である。

ところが!
「この話は、介護の老婆から、後に沖田林太郎(明治十六年五十六歳で病歿)夫婦に語った実話である」と本文中には書かれているのですが。
今日、多くのエピソードがそうであるように、このエピソードもまた「子母澤寛の作り出した創作である」という説が有力となっています。
猫って…なかなかと言っていいぐらい斬れないもののようですね。すぐ殺気を感じて逃げてしまうのだとか。ましてや、労咳で衰弱した総司が、それを知りながらあえてこの黒猫を斬ろうとしたか考えると…疑問符ですね。


実際のところはというと。
総司が前の月に斬首された近藤勇の死を知らされていなかったのは事実のようです。最期の瞬間まで、近藤の身を案じていたのだとか。
総司がどんな最期を迎えたのか、ちょっとした短編でもいいので、ぜひ三谷幸喜さんに描いてほしいものです。そして、藤原竜也くんがそれをどう演じてくれるのか…。続編である『新選組!! 土方歳三 最期の一日』のオンエアも済んでしまって、もはや可能性はないとは思いますが、夢を見ずにはいられないのです。以前にも書いたとおり、きっと藤原竜也くんは丁寧に演じてくれるはずですから。


★★…そして次は、斎藤一会津での戦いの様子も希望。人気blogランキング★★