…なんかカワイイ「鬼」だなあ。

というわけで。
今年も、5月11日がやってきました。


今でも、初めて『燃えよ剣』を読んだときの感動は忘れられません。
それ以降、いろいろな小説やドラマ、演劇などで、様々な描かれ方をしているのを目のあたりにして、「…うーん、このあたりはシバリョーの描き方よりこちらのほうがいいかな」と思う場面は多々あったりするのですが*1、それでも『燃えよ剣』を初めて読んだときの、自然と胸の内から溢れてくる想いは、個人的には2度と体験することはないかもしれません。自分の一生をスパッと違った色に染められたような…いや違うな、「自分のキャンバスの下地に秘められていた色を一瞬にしてムキ出しにして自分自身に改めて見せつけてくれた」ような、そんな読後感が残った作品でした。お世辞抜きで、私のさる友人が別のシバリョーの作品を評した言葉を拝借するならば「今でも自分は、この小説の読後感の中に生きていると言っていい」と断言できる作品です。


…とまあ、さんざん『燃えよ剣』について語っておいて、この小説以外の話をするのもナニなんですけど(笑)。
今年紹介したい土方歳三の姿は、戊辰戦争中、近藤勇と別れて「北戦紀行」を続けている最中の彼の姿です。


宇都宮城をめぐる攻防戦の中で。
彼は足指に被弾して負傷し、戦線を離脱して宇都宮から今市を経て会津へと運ばれていきました。
明治元年(1868年)4月29日のことでした。


このとき。
幕臣で江戸を離脱して会津に逗留していた一隊の1人、望月光蔵なる人物が。
「土方が会津で怪我の療養をしている」という話を聞きつけ。
土方のもとへ見舞いに訪ねているのですが。


横になっていた土方は。
横になったままで。
突然「おまえら、俺たちに味方して戦え」(以下、土方らの言葉は筆者意訳)と言いました。


横になったままでそのような発言をした土方のことを。
望月はひどく傲慢に感じたといいます。
そして、「我々は武官ではないので、文官として会津藩の命に従うつもりである」と言い返しました。


すると土方は。
「おまえら、志を立てて、こんな遠くまで来たんだろう? なんでそんな臆病なこと言ってるんだ。命を賭けて忠義を尽くすために来たんだろう?」と望月に言い返しました。


臆病と言われてムッとしたと思われる望月は。
「あなたたちも宇都宮城をすぐに奪われたではないか。それは臆病のなせる業ではなかったのか」と言い返したところ。
土方は。
「ガタガタ言うな! 傷に障る! 聞きたくない! 帰れ!」と望月に対してキレ。
あまつさえ、望月に向かって枕を投げつけたといいます。


「鬼の副長」と言われた彼にしては…どこかカワイイというか、駄々っ子みたいというか。
とにかく、冷徹なイメージのある彼の「違った一面」を伝えるエピソードであることは間違いありません。


★★…というわけで、来年の5月11日にまた続きます。人気blogランキング★★

*1:典型的な箇所は「土方と山南敬助との関係」ですね。両者の間柄を徹底的に「対立構造」として描いている『燃えよ剣』よりは、NHK大河ドラマ新選組!』だったり、秋山香乃さんの『新選組藤堂平助』の中で描かれているような「互いに不器用でうまい関係を構築はできなかったけれど、決して憎み合ってはいなかった2人」の姿のほうが個人的にはしっくり来ます。何度も語らせていただいたところですが。