…なんだかなあ。

…昨日のニュースですが。


飛鳥美人、古墳とお別れ=損傷点検はカビ殺菌後−奈良・高松塚」(http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_date2&k=2007051100075

高松塚古墳奈良県明日香村、7世紀末〜8世紀初頭)で、文化庁は11日午前、石室から取り外した「飛鳥美人」の西壁石を古墳から約750メートル離れた修理施設に搬入した。壁画面の剥落(はくらく)防止用の特殊な紙は張り付けたまま。カビの殺菌処理をした上ではがし、取り外し作業中に大きく揺れた際などに損傷があったかどうかを点検する。
西壁石は高さ約115センチ、幅約75センチ、厚さ約36センチ、重さ約515キロ。ステンレス製フレームに梱包(こんぽう)されたまま、石室を覆う保護施設から振動防止装置付きのトラックに積み込まれ、古墳を離れた。


…最近話題になっている「カビ生えてヤバい状態になった」高松塚古墳ですが。
自分知らなかったのですが、このカビ「人災」であるとの話があるんですよね。


ちょっと古いんですが。
以下、昨年(2006年)4月18日付の神戸新聞社説「高松塚壁画/文化庁が台無しにした」より抜粋(http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0000019960.shtml)。

国宝・高松塚古墳壁画(奈良県明日香村)のカビなどによる深刻な劣化は、どうやら文化庁の作業ミスが重大な影響を及ぼしていたようだ。
五年前に古墳の入り口を工事した際、消毒済みの防護服を着用せずに作業を繰り返していたことが分かった。工事後まもなく、入り口周辺に大量のカビが発生した。これが原因で、カビは壁画のある石室の中まで広がった可能性が強い。
このことについて、専門家らによる保存対策検討会に詳細を報告していなかった。検討に当たっての重要な情報が伝えられていないとは、信じがたい話だ。
高松塚の極彩色壁画は昨年、特別史跡の古墳本体を解体し、修理することが決まった。検討会は、解体に異論も多い中で、ずさんな作業によるカビ発生の事実を知らないまま決定していたことになる。
問題の作業と相前後して人為ミスによる壁画損傷の事実も明らかになった。四年前、作業中に壁画の一部を損傷したが、やはり公表されていなかった。
この報告は、検討会の座長以外の多くの委員には知らされていなかった。座長は文化庁に「辞任」を申し出ている。文化庁がコントロールする検討会そのもののあり方も再考が必要なのではないか。
高松塚壁画は一九七二年に発見された。三十数年の間に危機的な状態にまで劣化してしまった。その間、文化庁はなんら有効な手を打っていない。劣化の事実さえ公表せず、一昨年ようやく公になった。
もっと早い時点で公表し、衆知を集めて対策に当たっておれば、古墳解体という最終手段は避けられたかもしれない。責任は重いといわざるを得ない。
一連の経緯を見ると「文化庁によるミス隠し」であり、文化庁が台無しにしたといわれても仕方があるまい。壁画を保存する責任意識の欠如と隠(いん)蔽(ぺい)体質が厳しく問われる必要がある。
昨年の古墳解体決定の際にも文化庁への厳しい批判が噴出した。それにもかかわらず作業ミスを伏せ続け、今回の事態を招いたのである。反省の姿勢も見えない。
高松塚古墳とその壁画は今も埋蔵文化財の頂点に位置する「至宝」である。国宝は国民の財産であることを、文化庁は肝に銘じるべきだ。
もはや、来年に迫る解体修理の道しかないのかもしれない。そうだとしても、文化庁は自らを解体するぐらいの決意で、説明責任を果たし、いまからでも国民に広く理解を求めねばならない。

…確かに「解体」しか保存の道はなかったのかもしれません。
でも、解体保存したら、その時点で「石室として古代から伝えられてきたそのままの状態」はピリオド…なんですよね。たとえそれしか手がなかったとしても。
ましてや、その理由が「担当職員のボーンヘッド」だったとすれば…罪は重いと言わざるを得ません。


ここんとこ、ずーっと「考古学特殊研究」のレポート執筆のために様々な古墳についての著作を読みふけったなかで、改めて思い知らされたことがあります。
「多くの古墳は盗掘を受けており、往時を偲ばせる状態で残されているものは少ない」ということに。
だからこそ、高松塚古墳の壁画が見つかった際には「世紀の大発見」と言われたのです。


それを人為的なミスで失うなんて…。
修復がなったとしても、石室の一部が1度切り出して運びだされてしまった古墳は、もはや「手が加えられたもの」であり、その考古学的価値は半減であると思います。
つくづく「取り返しのつかないことだ」と思います。


ましてや。
高松塚古墳って「7世紀末から8世紀はじめにかけての皇族の墳墓である」可能性も高いというのに…*1


…「作業ミス」が原因だったとしたら、やるせないですね。


もっとも、他の古墳同様に、いつかはこうなる宿命だったのかもしれませんし。
それが「大いなる歴史の流れ」なのかもしれませんが。
どこか、こう「割り切れない」思いを抱いてしまうのもまた事実なのであります。


★★しかし「古墳マニア」を自称していたくせに今回初めて聞くニュースが多かったのには反省しきり。人気blogランキング★★

*1:忍壁皇子説」「高市皇子説」「弓削皇子説」などがよく知られています。ちなみに、出土人骨から推定される被葬者の年齢は「40代〜60代の初老の人物」であるとのことです。