今日の日本史は小ネタで。

「よく分からないけど、なんかスゴそうな響きの貴族の官職」といって。
私が真っ先に思いつくのが。


按察使


です。


源氏物語』とかで「按察使大納言」と聞くだけで「…どんなスゴいヒトなんだ、このヒト」とワクワクしちゃいますもん。
平安時代には既に「名前だけの官職」になっていたにもかかわらず。


参考までに。
「按察使」について、『世界大百科事典』(平凡社)に掲載されている記事を引用します。

按察使


日本古代の地方行政監察機関。719年(養老3)に設置された。伊勢、遠江常陸、美濃、武蔵、越前、丹波、出雲、播磨、伊予、備後の各国守が按察使を兼任し、属官として典(のちに記事と改称)を配して、それぞれの国の近隣数ヵ国を管轄下に置き、国内を巡行して監察を行った。その後まもなく陸奥にも置かれ、畿内西海道を除く全国に設置されたが、のちに一部管轄の変更が行われたこともあった。721年(養老5)には按察使の官位を正五位上相当と定めたが、大国の国守が従五位上相当であることと比べて、かなり高く位置づけられている。その職掌は管轄下の諸国を巡察して国司の政績を監察するとともに、民情の把握にもつとめ、事の善悪を中央政府に報告したが、徒罪(懲役刑に該当する犯罪)以下の罪については独自に断罪することを許された。按察使が活躍したのは奈良時代前半を中心とするわずかな期間で、やがて陸奥出羽按察使を除いて実質を失い、巡察使など類似の制度にとってかわられたとみられるが、その原因は、国司を監察する按察使自体が国司の一員でもあるという制度上の欠陥によるところが少なくない。

…だそうです。


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