日本史マニアに幹事をさせると、こういう旅行になります(5)

いよいよ職場旅行レポートも今回で最終回の予定です。
(後日、増補のエントリを追加するつもりですが)


最後の目的地は。
↓ココ。

最近にわかに「実は当時の建物ではない!?」疑惑が降って湧いてきた*1、伏見の寺田屋です。


↓慶応2年(1866年)1月23日深夜、坂本龍馬が伏見町奉行配下の捕方に急襲された際、ピストルで応戦した際の銃痕。

↓同じく刀痕。ただし誰のものかは不明。

↓のちに龍馬の妻となるおりょうが、捕方が来た際に入っていた風呂。

「裸のお龍さんで有名なお風呂です」とはなんとミもフタもない(笑)*2


ただ。
紹介させていただいたとおり。
「事件当時の建物は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失していて、現在の京都市伏見区南浜町263番地にある建物は当時の敷地の西隣に建てられた」という説がありまして。
京都市は、今日では正式にその説を採っているようですので*3
注意が必要です。


時間があれば。
この後壬生にも行こうかと思っていたのですが。
新幹線の時間もあって、あえなくタイムアウト


えてして「浮世の義理に縛られっぱなし」になる職場旅行ですが。
幹事の特権で、こんな日本史マニア度全開のものにしてしまいました。


自分自身はとても面白かったのですが…。
付き合わせてしまった職場の皆さん的にはどうだったんでしょうね。


★★寺田屋は見どころテンコ盛りでした。後日改めてまた。人気blogランキング★★

*1:こちら(http://d.hatena.ne.jp/CasparBartholin/20080903#p1)をご参照のこと。

*2:このとき、おりょうは全裸で龍馬のいる部屋に駆け上がって急を知らせたと言います。

*3:9月25日付産経新聞「平成の寺田屋騒動で「寺田屋は焼失」と京都市が公式見解」(http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080925/trd0809252043008-n1.htm)より。